母の三回忌を迎えた春の日、私は一人で仏壇の前に座り、供える花をどう活ければよいのか途方に暮れていました。生前の母は華道を嗜んでおり、いつも美しい花を仏壇に供えていましたが、私には花を活ける技術も道具もありませんでした。「せめて母らしい花を供えたい」という思いから、重い腰を上げて近所のダイソーに向かったのが、私と剣山との出会いの始まりでした。
華道用品売り場で見つけた330円の剣山は、私にとって未知の道具でした。直径8センチほどの円形の台座に、無数の鋭い針が林立している様子は、まるで小さなハリネズミのようで、最初は恐る恐る手に取りました。「これで本当に花が活けられるのだろうか」という不安と、「母のように美しい花を活けてみたい」という憧れが入り混じった複雑な気持ちで、とりあえず購入してみることにしました。
その時の私は、この小さな道具が私の生活を豊かに変え、新たな趣味の扉を開き、さらには人生観までも変えてくれる存在になるとは夢にも思っていませんでした。あれから3年が経った今、我が家には大小様々な剣山が10個以上あり、季節ごとに花を活けることが生活の一部となっています。100均の剣山から始まった私の華道ジャーニーは、予想以上に奥深く、充実したものとなりました。
初めての剣山体験 – 不器用な手との格闘
家に戻ると、さっそく剣山を使ってみることにしました。母の仏壇用に購入してきた菊の花を、何とかして美しく活けてみたいと思いました。しかし、剣山を前にして、どこから始めればよいのか全くわかりませんでした。
まず、剣山を水を張った花器の底に置きました。重みがあるので安定感はありますが、針の数があまりにも多くて、どの針に花を挿せばよいのか迷いました。恐る恐る菊の茎を持ち、剣山に近づけてみました。
最初の一本を挿す時、想像以上に力が必要でした。茎をしっかりと握り、垂直に押し込むようにして剣山に刺しました。「プスッ」という音と共に茎が針に刺さり、花が立ちました。「おお、立った!」と小さく興奮しましたが、角度が微妙におかしく、花が傾いて見えました。
二本目を挿す時、今度は茎を斜めに切ってから挿してみました。華道の本で「斜めに切ると水を吸いやすくなる」と読んだことがあったからです。確かに、斜めに切った茎の方が剣山に挿しやすく感じました。
しかし、3本、4本と挿していくうちに、バランスの難しさを痛感しました。花同士がぶつかったり、全体的に散漫な印象になったりと、思うようにいきません。指に針が刺さりそうになることも何度かあり、慎重に作業を進めました。
1時間ほど格闘した結果、なんとか菊を5本活けることができました。決して美しいとは言えない出来でしたが、自分で活けた初めての花に愛着を感じました。母の前に供えながら、「下手くそでごめん」と心の中で謝りました。
剣山の構造理解 – 道具との対話
最初の体験から数日後、剣山をもっとよく観察してみることにしました。改めて手に取ってみると、一見単純に見える構造の中に、様々な工夫が凝らされていることがわかりました。
針の配置は決してランダムではありませんでした。中心部分の針は太くて長く、外側に向かうにつれて細く短くなっています。これにより、太い茎から細い茎まで、様々な花材に対応できるようになっていました。また、針と針の間隔も絶妙で、茎を挿した時に適度な固定力を得られるよう計算されているように感じました。
台座の部分も興味深い構造でした。底面には滑り止めのような加工が施されており、花器の底でしっかりと安定するようになっていました。また、台座の重量配分も考慮されており、花を挿しても倒れにくい重心が保たれていました。
針の先端を指先で軽く触れてみると(もちろん慎重に)、適度な鋭さがありました。茎を傷つけすぎず、かといって刺さらないほど鈍くもない、絶妙な角度と鋭さでした。330円という価格でこれだけの機能を持った道具が手に入ることに、改めて驚きました。
YouTubeとの出会い – 学習の始まり
自己流では限界を感じた私は、インターネットで華道の基本を学ぶことにしました。YouTubeで「剣山 使い方」と検索すると、数多くの動画がヒットしました。華道の先生方が丁寧に基本的な技術を解説している動画を見つけ、毎晩のように視聴するようになりました。
最初に学んだのは「真・副・体」という基本的な構成でした。メインとなる一番長い枝を「真」、それを支える「副」、全体を引き締める「体」という三つの要素で花を活けるという基本理論です。これを剣山で実践する方法を動画で学びました。
剣山への挿し方にも正しい方法があることを知りました。茎は斜めに切り、切り口を新鮮に保つこと。挿す角度は花材や目的によって調整すること。針を曲げてしまわないよう、適切な力加減で挿すことなど、基本的なテクニックを一つずつ習得していきました。
特に参考になったのは、剣山の針を有効活用する方法でした。太い枝は中央部分の太い針に、細い花は外側の細い針に挿すという基本原則を学び、実践してみると格段に安定感が増しました。
動画を見ながら何度も練習することで、だんだんと剣山の扱いに慣れてきました。最初は恐る恐る触っていた針も、今では迷いなく適切な場所に茎を挿せるようになりました。
季節の花との出会い – 春の喜び
華道の基本を少しずつ学んでいるうちに、春が訪れました。母の命日が近づく頃、桜の枝を使って何か特別な花を活けてみたいと思いました。近所の花屋で桜の枝を購入し、家に帰って剣山を使って活けることにしました。
桜の枝は菊よりもずっと太く、剣山に挿すのに苦労しました。中央部分の一番太い針を使っても、なかなか安定しませんでした。YouTubeで学んだテクニックを思い出し、枝の先端を斜めに切り直し、切り口を十字に切り込みを入れてから挿してみました。
すると、見事に安定して立ちました。桜の枝が剣山にしっかりと固定され、美しい曲線を描いて立ち上がりました。そこに菜の花を添え、スイートピーで全体を引き締めると、春らしい華やかな作品が完成しました。
完成した花を見て、自分でも驚くほどの達成感を感じました。3ヶ月前の私では絶対に作れなかった作品でした。剣山の使い方が上達したのはもちろんですが、花材の選び方、色の組み合わせ、全体のバランスなど、総合的な技術が向上していることを実感しました。
母の仏壇に供えた春の花は、きっと喜んでもらえたと思います。「だいぶ上手になったね」と母の声が聞こえてくるような気がしました。
剣山コレクションの始まり
春の成功体験を経て、華道への興味がさらに深まりました。様々な花材を試してみたくなり、それに合わせて異なるサイズの剣山も必要になってきました。ダイソーに通い、違うサイズの剣山を探すようになりました。
2個目に購入したのは、一回り小さな直径5センチほどの剣山でした。小さな花器に合わせたコンパクトな作品を作る時に重宝しました。針も最初に買ったものより繊細で、細い茎の花材に適していました。
3個目は楕円形の剣山でした。横長の花器に使用することを想定して購入しました。円形の剣山とは違った表現ができ、より自然な流れを作り出すことができました。
それぞれの剣山に個性があり、使い分けることで表現の幅が大きく広がりました。花材の種類、花器の形状、作品のイメージに応じて剣山を選ぶ楽しさを覚えました。
気がつくと、我が家には様々なサイズ・形状の剣山が揃っていました。友人からは「剣山コレクター」と呼ばれるようになりましたが、それぞれが実用的な役割を果たしているので、無駄な買い物ではないと思っています。
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