【ダイソー・セリア】100均カラースプレーが変えた私の世界 – 一本のスプレー缶から始まった創造の旅

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100均カラースプレーが変えた私の世界 - 一本のスプレー缶から始まった創造の旅
目次

プロローグ – 絶望の淵に立った私

転職失敗と心の荒廃

2019年の春、私は人生最大の挫折を味わっていた。念願だったデザイン会社への転職が3ヶ月で破綻。理想と現実のギャップに打ちのめされ、貯金も底をつき、実家に出戻る羽目になった。32歳、独身、無職。鏡に映る自分の顔は、希望という言葉を忘れたかのように暗かった。

実家の自分の部屋は、高校時代から変わらぬ殺風景な空間。白い壁、古びた家具、色褪せたポスター。この空間にいると、まるで時が止まったかのような錯覚に陥り、ますます気分が沈んだ。

母の小さな提案

「たまには外に出たら?」心配した母が、買い物についてくるよう促した。気乗りしなかったが、家にこもってばかりいるのも良くないと思い、重い腰を上げた。近所のダイソーで日用品を買う母の横で、私はぼんやりと店内を眺めていた。

そんな時、工作用品コーナーで目に留まったのが「カラースプレー」だった。鮮やかな赤、青、黄色、緑。様々な色のスプレー缶が並んでいる。値段を見ると110円。「こんな安いスプレーで何ができるんだろう」そんな軽い気持ちで、赤のスプレーを一本手に取った。

第一章 – 偶然の出会いと初めての感動

廃材との遭遇

家に帰る途中、近所で古い木材が捨てられているのを見つけた。リフォーム工事の残材らしく、まだ使えそうな板がいくつもあった。普段なら素通りするところだが、なぜかその日は足が止まった。「もったいないな」という気持ちと、さっき買ったスプレーのことが頭に浮かんだ。

家族に許可を得て、小さめの板を数枚持ち帰った。汚れていて、所々釘の跡もある古材だったが、なぜか可能性を感じていた。

初めてのスプレー体験

その日の夕方、庭の隅で初めてカラースプレーを使った。古材の表面に薄く赤いスプレーを吹きかける。シューッという音とともに、くすんだ木材が鮮やかな赤色に変わっていく様子を見て、心の奥で何かが動いた。

「こんなに簡単に、こんなに劇的に変わるのか」

たった110円のスプレーが、無価値に見えた廃材を、まったく違う表情の素材に変えていく。その瞬間、久しぶりに心が躍るのを感じた。

夜中まで続いた実験

最初の一吹きが成功すると、止まらなくなった。青、黄色、緑のスプレーも追加で購入し、様々な色を試した。グラデーション、重ね塗り、マスキングを使った模様作りなど、子供の頃の図工の時間を思い出すような夢中さで実験を続けた。

気がつくと夜中の2時を回っていた。手は絵の具だらけ、服も汚れていたが、久しぶりに充実感を味わっていた。

第二章 – 技術の向上と作品の進化

YouTube大学での学習

翌日から、カラースプレーの技法についてYouTubeで情報収集を始めた。海外のストリートアーティストの動画、DIYチャンネル、日本の工作系YouTuberなど、様々な動画を貪るように視聴した。

プロが使っている高級なスプレーと比べても、100均のカラースプレーは十分使えることがわかった。むしろ、初心者には扱いやすく、失敗を恐れずに挑戦できる価格帯だった。

道具と環境の整備

本格的に取り組むために、作業環境を整えた。実家の物置を作業場として使わせてもらい、換気扇を設置。マスキングテープ、新聞紙、手袋、マスクなど、必要な道具も100円ショップで揃えた。

驚いたのは、ほとんどの道具が100円ショップで手に入ることだった。初期投資は2000円程度で、本格的なスプレーアート制作環境が完成した。

技法の習得と独自性の追求

基本的なスプレー技法を習得した後、100均スプレー特有の特性を活かした独自の技法開発に取り組んだ。粘度が高めなので垂れにくく、細かい作業に適していることを発見。また、発色が柔らかいので、重ね塗りによる微妙な色調整が可能だった。

最初の「作品」完成

1ヶ月後、初めて人に見せられるレベルの作品が完成した。廃材の板に抽象的な模様をスプレーで描いた小さなアート作品。決して上手ではなかったが、自分で一から作り上げた満足感は格別だった。

第三章 – 家族の反応と周囲の変化

家族の驚きと理解

最初、両親は私の突然の変化に戸惑っていた。「また変な趣味を始めて」という母の表情が印象的だった。しかし、作品を見せると「なかなか上手じゃない」と素直に褒めてくれた。

父は元大工で、木材に対する愛着があった。「捨てられる木材がこんなに生まれ変わるとは」と感心し、近所の工事現場から使える廃材を探してきてくれるようになった。

近所の注目

庭で作業していると、通りかかった近所の人たちが声をかけてくれるようになった。「何を作ってるの?」「器用ね」といった言葉をかけられると、久しぶりに社会とのつながりを感じることができた。

子供たちとの交流

近所の小学生たちが興味を示し、「僕たちにも教えて」と言ってきた。最初は戸惑ったが、子供たちの純粋な創作欲求に触れることで、自分の中の創造性も刺激された。

週末の午後、庭で子供たちと一緒にスプレーアートを楽しむ時間が生まれた。彼らの自由な発想に学ぶことも多く、大人の固定観念に縛られない表現の大切さを教えられた。

第四章 – 技術の深化と新たな挑戦

素材の拡大

木材から始まったスプレーアートは、次第に様々な素材に広がった。金属、プラスチック、ガラス、布など、身の回りにある様々な素材への着色を試した。それぞれの素材によって発色や定着具合が異なることを発見し、素材ごとの最適な技法を研究した。

立体作品への挑戦

平面的な作品から、立体的な作品制作にも挑戦した。空き瓶、空き缶、段ボールなど、本来なら捨てられる物を素材として活用。100均のカラースプレーで彩色することで、まったく新しい表情の作品に生まれ変わらせた。

ステンシル技法の習得

より精密な表現を求めて、ステンシル技法を習得した。型紙も100均の厚紙で自作し、カッターで切り抜く。この技法により、文字やより複雑な模様の表現が可能になった。

グラデーション技法の完成

100均スプレーの特性を活かしたオリジナルのグラデーション技法を完成させた。距離の調整、重ね塗りのタイミング、マスキングの使い方など、試行錯誤の末にたどり着いた独自の技法だった。

第五章 – 作品の社会化と新たな出会い

SNSでの作品公開

友人の勧めで、InstagramとTwitterで作品を公開し始めた。「#100均アート」「#カラースプレー」「#リサイクルアート」などのハッシュタグを使って投稿すると、予想以上の反響があった。

全国のクリエイターとの交流

SNSを通じて、全国の同じような活動をしているクリエイターたちと知り合った。お互いの技法を共有したり、作品を交換したりする中で、新たなインスピレーションを得ることができた。

地域のイベント参加

地元の文化祭やフリーマーケットで作品を展示・販売する機会を得た。最初は緊張したが、お客様の「素敵ね」「どうやって作ったの?」という言葉に励まされ、創作活動への自信を深めた。

ワークショップの開催

公民館の文化講座で「100均スプレーアート教室」を開催することになった。参加者の年齢層は小学生から70代まで幅広く、それぞれが自分らしい作品を完成させる姿を見て、アートの持つ力を改めて実感した。

第六章 – 人生観の変化と新たな価値観

物の見方の変化

カラースプレーアートを始めてから、身の回りのあらゆる物の見方が変わった。以前なら「ゴミ」として見過ごしていた物が、「可能性を秘めた素材」として映るようになった。空き缶、段ボール、古い家具、壊れた傘まで、すべてが潜在的なアート作品の原材料に見えてきた。

歩いている時も、常に「これは何かに使えないか」という目線で周囲を観察するようになった。この変化は、創作活動だけでなく、日常生活全般に対する積極的な姿勢にもつながった。

価値観の転換

「新しい物、高価な物が良い」という価値観が根底から覆された。110円のスプレーと廃材で作った作品が、時には数千円で売れることもあった。価値とは価格で決まるものではなく、そこに込められた創意工夫と愛情によって生まれるものだということを実感した。

時間の概念の変化

無職で「無駄に」過ごしていると思っていた時間が、実は最も創造的で価値ある時間だったことに気づいた。制作に没頭している時間は、時の流れを忘れるほど充実していた。「生産性」という言葉の意味を、改めて考え直すきっかけになった。

失敗への恐れの克服

110円という低価格のおかげで、失敗を恐れずに挑戦できた。高価な材料だったら躊躇していたであろう実験的な技法も、気軽に試すことができた。この「失敗しても大丈夫」という安心感が、創造性を大きく解放してくれた。

第七章 – 技術の体系化と指導者としての成長

技法の記録化

試行錯誤で身につけた技法を、写真と文章で記録するようになった。どの角度からスプレーするか、どのくらいの距離を保つか、重ね塗りのタイミングはいつか。細かい技術的なポイントを体系化することで、より安定した品質の作品が制作できるようになった。

指導マニュアルの作成

ワークショップの回数が増えるにつれ、効果的な指導方法も確立されていった。初心者がつまずきやすいポイント、安全に作業するための注意事項、年齢層に応じた指導のコツなど、指導者としてのスキルも向上した。

オンライン指導の開始

コロナ禍をきっかけに、Zoomを使ったオンライン指導も始めた。画面越しでの技法指導は最初は困難だったが、カメラの角度を工夫したり、事前に材料キットを送ったりすることで、効果的な遠隔指導が可能になった。

指導者ネットワークの構築

全国各地で同様の活動をしている指導者たちとのネットワークが生まれた。技法の共有、問題解決の相談、合同イベントの企画など、一人では不可能だった規模の活動が展開できるようになった。

第八章 – 社会貢献と地域活動の拡大

福祉施設での活動

高齢者施設からワークショップの依頼があり、定期的に訪問するようになった。認知症の方でも色を選ぶ楽しさや、スプレーを吹く爽快感を味わえることがわかり、アートセラピー的な効果も期待できることが判明した。

障害者支援施設での取り組み

身体障害のある方でも参加しやすいよう、道具や技法を工夫した。握力が弱い方には軽量スプレーボトルを使用し、車椅子の方には作業台の高さを調整するなど、バリアフリーなアート活動を追求した。

学校教育への協力

地元の小中学校から総合学習の講師として招かれるようになった。「リサイクルとアート」「創造性の育成」「職業について考える」など、様々な教育テーマと結びつけた授業を展開した。

地域イベントの企画・運営

自分が参加者だった地域イベントで、今度は企画・運営側として関わるようになった。「アートで繋がる地域の輪」をテーマにした大規模なワークショップイベントを企画し、3日間で延べ500人の参加者を集めることに成功した。

第九章 – 経済的自立と新たな人生設計

作品販売の本格化

趣味で始めた制作活動が、徐々に収入源になってきた。フリーマーケット、オンライン販売、オーダーメイド制作など、多様な販売チャネルを確立。月に5〜10万円程度の収入を安定的に得られるようになった。

指導料による収入

ワークショップ指導、個人レッスン、企業研修での講師料も重要な収入源となった。1回3〜5万円の講師料×月4〜6回で、生活に必要な収入を確保できるようになった。

メディア出演と執筆活動

地元テレビ局の取材を受けたのをきっかけに、全国放送のバラエティ番組にも出演。また、手芸雑誌やDIY雑誌に技法を紹介する記事を執筆するようになり、原稿料も収入の一部となった。

新しい人生設計

「会社員として安定した収入を得る」という従来の人生設計から、「好きなことを仕事にして自分らしく生きる」という新しい人生設計に転換。結果的に、転職失敗は人生最良の出来事だったと思えるようになった。

第十章 – 人との出会いと人生の転機

運命的な出会い

あるワークショップで出会った参加者の女性・美咲さんとの出会いが、私の人生に新たな転機をもたらした。彼女は地元の雑貨店を経営しており、私の作品と活動に深く感銘を受けてくれた。

協力関係の発展

美咲さんの店で作品を常設展示・販売させてもらうようになり、店舗でのワークショップも定期開催するようになった。彼女の経営センスと私の技術・指導力が組み合わさることで、より大きな社会的インパクトを生み出せるようになった。

人生のパートナーとして

共に活動する中で、美咲さんとの関係は仕事のパートナーから人生のパートナーへと発展した。2022年の秋、私たちは結婚。結婚式の装飾もすべて手作りのカラースプレーアート作品で彩った。

新しい家庭での創作活動

結婚後は美咲さんの店の2階が私たちの住まい兼アトリエとなった。夫婦で協力しながら創作活動と指導活動を続けている。美咲さんも私から技法を学び、今では立派なアーティスト兼講師として活動している。

第十一章 – 技術革新と新たな可能性の探求

デジタル技術との融合

近年はAI画像生成技術を活用してデザインのアイデアを得たり、3Dプリンターで型を作成してステンシルの精度を向上させたりと、デジタル技術との融合も進めている。ただし、最終的な表現手段としての100均カラースプレーの価値は変わらない。

新素材への挑戦

廃プラスチックを加工した素材、リサイクル繊維、バイオプラスチックなど、環境に配慮した新しい素材への着色技法も研究している。時代の要請に応えながら、技術的な進歩も続けている。

国際交流の始まり

SNSを通じて海外のアーティストとも交流するようになった。日本の「もったいない」精神と100均文化を背景とした私たちの活動は、海外でも高く評価されている。来年は国際的なアートフェスティバルへの参加も予定している。

次世代への技術継承

最初に教えた小学生たちが今は高校生になり、私の助手として活動に参加してくれている。技術継承だけでなく、「物を大切にする心」「創造することの喜び」といった価値観も含めて、次世代に伝えていきたいと考えている。

終章 – 110円から始まった奇跡の人生

振り返って見えること

あの日、ダイソーで何気なく手に取った110円のカラースプレーが、ここまで私の人生を変えるとは誰が想像できただろうか。転職失敗という挫折から始まった物語が、新しい技術の習得、社会貢献、そして人生のパートナーとの出会いまで含む豊かな人生展開へと導いてくれた。

学んだ重要な教訓

この5年間で学んだ最も重要な教訓は、「可能性は価格では測れない」ということだった。110円という価格に騙されて最初は期待していなかったが、使う人の工夫と情熱によって、無限の可能性を秘めていることがわかった。

また、「失敗は成功の母」ということも実感した。転職失敗という人生最大の挫折がなければ、この素晴らしい世界に出会うことはなかった。人生に無駄な経験は一つもないということを、身をもって証明できた。

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