中学2年生の頃の私は、典型的な「目立たない子」でした。背も低く、髪は地味な黒髪のボブカット、いつも制服を着崩すこともなくきちんと着て、休み時間は図書室で本を読んでいるような生徒でした。クラスでも特に親しい友人はおらず、先生からは「真面目で手のかからない子」と評価されていましたが、それは私にとって決して嬉しい評価ではありませんでした。
当時のクラスには、いわゆる「かっこいい」グループの子たちがいました。彼らは休日になると私服に着替え、髪型を変え、時にはこっそりとアクセサリーを身に着けたりしていました。特に印象的だったのは、夏の体育祭の準備期間中、腕にタトゥーシールを貼ってきた男子生徒がいたことでした。
そのタトゥーシールは竜の絵柄で、腕に巻き付くようにデザインされていました。クラスの女子たちは「かっこいい!」「どこで買ったの?」と興味深そうに見ていました。私も遠くからその様子を眺めながら、「ああいう風に注目されてみたい」「自分も何か変わったことをしてみたい」という憧れを抱いていました。
内向的な性格: 人前で話すのが苦手で、自分から積極的に関わりを持つことができませんでした。
外見への劣等感: 地味な自分の外見にコンプレックスを抱いており、もっと華やかになりたいと思っていました。
変化への憧れ: 劇的に変わることはできなくても、小さな変化で自分を表現してみたいという気持ちがありました。
親への遠慮: 厳格な両親の前では「いい子」でいなければならないというプレッシャーを感じていました。
高校入学と新しい環境への期待
高校に入学する時、私は「新しい環境で少しでも変わりたい」と思っていました。制服も変わり、新しい友人もできる。これまでの「真面目で地味な自分」から少しでも脱却できるチャンスだと感じていました。
しかし、実際に高校生活が始まってみると、中学時代とそれほど変わらない毎日が続きました。勉強は相変わらず得意で成績も良かったのですが、クラスでの存在感は薄いままでした。友人もできましたが、やはり私と同じようなタイプの、おとなしい子たちばかりでした。
高校1年の夏休み前、クラスの活発な女子グループが「今度みんなでプールに行こう」と企画していました。私も誘われましたが、「水着になるのが恥ずかしい」「みんなと一緒にいても話についていけない」という理由で断ってしまいました。
その時、グループのリーダー格だったさやかちゃんが「今度、可愛いタトゥーシールを買ったから、みんなで貼ってプールに行こうよ!絶対可愛いよ!」と言っているのを聞きました。他の女子たちも「いいね!」「私も欲しい!」と盛り上がっていました。
変化への焦り: 高校生になっても変われない自分に焦りを感じていました。
機会の逃失: 新しい体験ができるチャンスがあっても、恥ずかしさが先に立って行動できませんでした。
羨望の気持ち: 積極的に楽しんでいる同級生たちが羨ましく感じられました。
タトゥーシールへの興味: さやかちゃんの話を聞いて、タトゥーシールというものに改めて興味を持ちました。
初めての100円ショップでの発見
夏休みが始まって数日後、母に頼まれた買い物でショッピングモールに出かけました。用事を済ませた後、時間に余裕があったので、普段はあまり入ることのない100円ショップを覗いてみることにしました。
店内をぶらぶらと見回していると、コスメコーナーの一角にタトゥーシールが陳列されているのを発見しました。さやかちゃんが話していたものと似たようなデザインがいくつもあります。蝶々、花、星、ハート、そして少しクールな幾何学模様まで、想像以上にバリエーション豊富でした。
手に取ってパッケージを見てみると、「防水仕様」「1-2週間持続」「簡単貼り付け」などと書かれています。価格は110円。「これなら失敗しても大した損失じゃない」と思い、小さな蝶々のデザインを1つ、こっそりと購入しました。
レジでお会計をする時、店員さんに見られるのが恥ずかしくて、他の商品(ヘアゴムなど)と一緒に購入しました。袋に入れてもらった時の、ちょっとした背徳感と興奮は今でも覚えています。
偶然の出会い: 特に探していたわけではないのに、100円ショップでタトゥーシールを見つけた驚き。
価格の手軽さ: 110円という価格なら、失敗を恐れずに試すことができると感じました。
豊富な選択肢: 予想以上に多くのデザインがあることへの驚き。
購入時の緊張: 初めて「ちょっと冒険的」なものを買う緊張感と興奮。
自宅での初挑戦と小さな変化
家に帰ってから、購入したタトゥーシールをじっくりと眺めました。パッケージの裏面には貼り方の説明が書かれていました。「①保護フィルムを剥がす」「②肌に貼り付ける」「③上から湿らせた布で30秒押さえる」「④台紙をゆっくりと剥がす」という簡単な手順でした。
両親が外出している時を見計らって、自分の部屋で初めての挑戦をしてみることにしました。まずは目立たない場所ということで、足首に貼ってみることにしました。手順通りにやってみると、思っていたよりも簡単にきれいに貼ることができました。
鏡で見てみると、小さな青い蝶々が足首にとまっているように見えます。「こんな簡単にイメージが変わるんだ」という驚きと、「少し大人っぽくなった気がする」という満足感がありました。
技術的な簡単さ: 思っていたよりもずっと簡単に貼ることができました。
視覚的効果: 小さなシールでも、印象が変わることを実感しました。
秘密の楽しさ: 誰にも知られていない「秘密」を持つことの楽しさを味わいました。
自信の芽生え: 小さな変化でも、自分に対する見方が少し変わりました。
友人への小さなカミングアウト
タトゥーシールを貼って数日後、仲の良い友人の美香と一緒に図書館で勉強していた時、ふとしたきっかけで足首のタトゥーシールが見えてしまいました。美香は最初、本物のタトゥーかと思って驚いていましたが、シールだと説明すると「可愛い!どこで買ったの?」と興味を示してくれました。
100円ショップで購入したことを話すと、美香も「私も見に行ってみたい」と言ってくれました。翌日、一緒に100円ショップに行き、美香は星のデザインを選びました。私も調子に乗って、今度はもう少し大きめのハートのデザインを購入しました。
美香の家で一緒にタトゥーシールを貼り合いました。美香は手首に星を、私は肩に小さなハートを貼りました。お互いの変化を見て「なんか大人っぽくなったね」「かっこいい!」と盛り上がりました。
友人との共有: 秘密を共有することで、友人との絆が深まりました。
相互の励まし: お互いが挑戦することで、より積極的になれました。
選択肢の拡大: 2回目の購入では、より大胆なデザインを選ぶことができました。
楽しさの倍増: 一人でやるより、友人と一緒にやる方がずっと楽しいことがわかりました。
学校での小さな注目と自信の向上
夏休みが明けて新学期が始まった時、私は手首に小さな星のタトゥーシールを貼って登校しました。制服の袖で隠れるか隠れないかのギリギリの位置で、完全に隠しているわけではないけれど、積極的に見せているわけでもないという絶妙な場所でした。
体育の授業で半袖の体操服に着替えた時、何人かの女子が私の手首のタトゥーシールに気づきました。「あれ、○○ちゃんタトゥーシール貼ってるじゃん!可愛い!」「私も欲しい!どこで買ったの?」という反応がありました。
これまで自分から注目を
これまで自分から注目を集めることがほとんどなかった私にとって、こうした反応は新鮮で嬉しいものでした。「100円ショップで買ったよ」と答えると、「え、100均にそんな可愛いのがあるの?」「今度一緒に見に行こう!」という声が上がりました。
その日の放課後、クラスの女子数人と一緒に100円ショップに行くことになりました。これまで一人で、または美香とだけ行っていた100円ショップに、クラスメイトたちと行くのは初めてでした。みんなで「これ可愛い!」「こっちもいいね!」とタトゥーシールを選んでいる時間は、とても楽しいものでした。
注目される喜び: 初めて自分の「おしゃれ」で注目されることの嬉しさを知りました。
リーダーシップの芽生え: タトゥーシールについて教える立場になることで、少し自信がつきました。
友人関係の拡大: これまで話したことのないクラスメイトとも交流するきっかけができました。
情報発信者としての役割: 100円ショップの商品について詳しくなり、みんなに情報を教える役割を担うようになりました。
文化祭での大胆な挑戦
高校1年の文化祭で、私たちのクラスはカフェをやることになりました。女子はメイド服のような衣装を着ることが決まり、普段とは全く違う格好をする機会がやってきました。
文化祭の前日、美香と相談して「明日は特別だから、いつもより目立つタトゥーシールを貼ってみない?」という話になりました。100円ショップで購入していた中でも、これまで使う勇気がなかった大きめの薔薇のデザインを、腕の見える位置に貼ることにしました。
文化祭当日、メイド服を着てタトゥーシールを貼った私は、鏡を見て驚きました。普段の地味な自分とは全く違う、ちょっとセクシーで大人っぽい女性がそこにいました。最初は恥ずかしくて仕方がありませんでしたが、お客さんからの「可愛いね」「そのタトゥーかっこいい!」という声に励まされました。
特別な日の特別な自分: 文化祭という非日常的な環境で、より大胆な挑戦ができました。
外見の劇的変化: 衣装とタトゥーシールの組み合わせで、自分でも驚くほど印象が変わりました。
他者からの肯定的評価: 来校した他校の生徒や先生からも好評価をもらいました。
演技的要素の楽しさ: 「普段とは違う自分を演じる」ことの楽しさを発見しました。
母との会話と価値観の変化
文化祭から帰宅した後、まだタトゥーシールを貼ったままの私を見た母が「あら、それは何?」と聞いてきました。正直に「タトゥーシールです」と答えると、母は少し眉をひそめました。
「そんなものを貼って…まるでヤクザみたいじゃない」という母の言葉に、私は少しショックを受けました。しかし、これまでの経験から得た自信もあり、「これはファッションの一部で、みんなもやっているし、100円ショップで買える普通のものです」と説明しました。
母は最初反対していましたが、私が楽しそうに文化祭のことを話し、友人たちとの交流が増えたことを報告すると、「あなたが楽しそうで、友達もできて、悪いことじゃないのかもしれないわね」と理解を示してくれました。
世代間の価値観の違い: タトゥーに対する世代間の認識の差を実感しました。
コミュニケーションの重要性: きちんと説明することで、理解してもらえることを学びました。
家族関係の変化: 自分の意見をはっきり言えるようになり、家族との関係も少し変わりました。
社会的偏見への気づき: タトゥーやタトゥーシールに対する社会的な偏見があることを知りました。
高校2年:より洗練されたセンスの追求
高校2年生になると、タトゥーシールは私にとって当たり前の存在になっていました。100円ショップでの商品チェックも定期的に行うようになり、新商品が入ると友人たちに教えるような存在になっていました。
この頃になると、ただ「可愛い」「かっこいい」だけでなく、自分の服装や髪型、その日の気分に合わせてタトゥーシールを選ぶようになりました。制服の日は控えめなもの、私服の日は少し大胆なもの、デートの日は可愛らしいものといった具合に使い分けていました。
また、貼る位置についても研究するようになりました。手首、足首、肩、背中など、それぞれの位置での効果の違いを理解し、TPOに合わせて選択できるようになりました。友人たちからも「○○ちゃんはタトゥーシールのセンスがいいよね」と言われるようになり、それが私の一つの特徴として認識されるようになりました。
専門性の向上: タトゥーシールについての知識と技術が向上しました。
ファッション感覚の発達: 全体のコーディネートの一部として考えるようになりました。
個性の確立: 「タトゥーシールが似合う子」として個性が確立されました。
アドバイザー的存在: 友人たちからアドバイスを求められる立場になりました。
大学受験期の自制と再開
高校3年生になり、大学受験が近づくと、さすがにタトゥーシールを貼る機会は減りました。面接がある推薦入試を受験することになり、「万が一でも印象を悪くしたくない」という思いから、受験期間中は自粛することにしました。
しかし、この自粛期間があったことで、タトゥーシールが私にとってどれだけ大切な存在になっていたかを再認識しました。鏡を見た時の物足りなさ、なんとなく自分らしくない感じ。タトゥーシールは単なる飾りではなく、私のアイデンティティの一部になっていたのです。
大学合格が決まった時、お祝いの意味も込めて、久しぶりに大きめのタトゥーシールを貼りました。それは高校入学前に憧れていた竜のデザインでした。3年間の成長を経て、ついにあの憧れのデザインを自分で選び、堂々と貼ることができるようになったのです。
自制の必要性: 社会的な状況に応じて自制することの大切さを学びました。
アイデンティティとしての認識: タトゥーシールが自分らしさの表現手段になっていることを実感しました。
成長の実感: 憧れだったデザインを自分で選べるようになった成長を感じました。
節目での意味: 特別な日により特別な意味を持つようになりました。
大学時代:多様性との出会い
大学に入学すると、高校時代とは比較にならないほど多様な人々と出会いました。髪を染めている人、ピアスをしている人、個性的なファッションの人、そして本物のタトゥーを入れている人もいました。
その中で、私のタトゥーシールは「可愛い趣味」程度の認識でした。最初は少し拍子抜けしましたが、逆にタトゥーシールに対するハードルが下がったことで、より自由に楽しめるようになりました。
大学のサークル活動では、イベントの際にメンバー全員でお揃いのタトゥーシールを貼ることが恒例になりました。100円ショップで大量購入し、みんなで貼り合う時間は、とても楽しいコミュニケーションの時間でした。
多様性への理解: より多様な価値観に触れることで、視野が広がりました。
相対的な位置づけ: 自分のスタイルが社会の中でどういう位置にあるかを理解しました。
集団での楽しみ: 個人の楽しみから、集団での楽しみへと発展しました。
コストパフォーマンスの再認識: 大量購入する際の100円ショップの価値を再確認しました。
アルバイト先での制約と工夫
大学2年生からアパレル店でアルバイトを始めました。お客様に接する仕事のため、「派手すぎる装飾は控えるように」という指導がありました。タトゥーシールも基本的にはNGでした。
しかし、どうしてもタトゥーシールなしでは自分らしさを感じられない私は、見えない場所に小さなものを貼るという妥協案を見つけました。足首や背中など、制服で完全に隠れる場所に小さなタトゥーシールを貼ることで、「自分らしさ」を保ちながら仕事をするという方法を編み出しました。
この経験から、社会に出る上でのバランス感覚を学びました。自己表現は大切だけれど、TPOをわきまえることも同様に重要であること。そして、工夫次第で両立は可能であることを学びました。

