絶望的な裁縫スキルからの出発点
針を持つのも怖かった学生時代
中学・高校の家庭科の授業で、私は常に裁縫の時間が憂鬱だった。針に糸を通すのに10分以上かかり、やっと縫い始めても縫い目はガタガタ、糸は絡まる、指は針で刺して血だらけという有様だった。
クラスメイトが30分で仕上げる簡単な小物でも、私は授業時間内に完成させることができず、いつも家に持ち帰っていた。母親に「手伝って」と泣きつくのが常だった。
「私には裁縫の才能が全くない」と完全に諦めていた。社会人になってからも、ボタンが取れたり、裾がほつれたりした服は全て母親に頼むか、最悪の場合は諦めて捨てていた。
一人暮らしでの現実
25歳で一人暮らしを始めてからも、裁縫に関する問題は山積みだった。お気に入りのシャツのボタンが取れても直せない、パンツの裾が長くてもお直し屋さんに出すお金がもったいない、小さな破れでも諦めて捨ててしまう。
「大人なのにこんなことも出来ないなんて」という情けなさと、「でもできないものはできない」という諦めの気持ちが常に混在していた。
友人が「それくらい自分で直せばいいのに」と言うたびに、恥ずかしくて顔を赤くしていた。
運命の出会い – キャンドゥの工作コーナーで
2022年春の偶然
新生活用品を買いに行ったキャンドゥで、たまたま工作用品のコーナーを通りかかった時のことだった。「ハンディミシン」という聞き慣れない商品名が目に入った。
パッケージには「簡単手縫い感覚でミシン縫い!」「電池式でどこでも使える!」という謳い文句が並んでいた。手のひらサイズの小さな機械の写真を見て、最初は「おもちゃみたいなもので本当に縫えるの?」と疑問に思った。
110円という価格への驚き
価格表示を見ると、なんと110円(税込)だった。「ミシン」と名前が付いているのに、缶ジュース1本より安い。「これなら失敗してもそれほど痛くない」と思い、半ば冗談のつもりで購入してみることにした。
レジで会計する時も「本当にこんなもので縫い物ができるのかな」と内心疑っていた。
初回使用 – 期待を裏切る性能
開封の興奮
家に帰ってすぐにパッケージを開けてみた。本体は思っていたより小さく、まさに手のひらサイズ。プラスチック製で軽量、見た目は確かに「おもちゃ」という印象だった。
説明書は簡素だったが、使い方は想像以上にシンプルだった。単三電池2本を入れて、糸をセットし、布を挟んでボタンを押すだけ。「これなら私でもできそう」と思った。
最初の実験 – ハンカチの裾直し
手始めに、サイズが大きすぎて使っていなかったハンカチの裾を短くしてみることにした。普通の針と糸での手縫いなら1時間以上かかる作業だ。
恐る恐るハンディミシンを動かしてみると、「カタカタカタ」という小さな音と共に、確実に縫い目ができていく。手で押し進めるスピードに合わせて、きれいな直線縫いができた。
衝撃の結果
15分ほどで、ハンカチの4辺全ての裾直しが完了した。縫い目は手縫いよりもはるかにきれいで、強度もしっかりしていた。糸の始末も想像していたより簡単だった。
「こんなに簡単にできるなんて!」
その瞬間、裁縫に対する長年の恐怖心と苦手意識が一気に軽減された。
取れたボタンへの挑戦
成功に勢いづいて、長い間放置していたシャツのボタン付けにも挑戦してみた。さすがにボタンホールは作れないが、取れたボタンを元の位置に縫い付けるくらいならできそうだった。
ボタン付けは手縫いでやったが、ハンディミシンでの成功体験により、針と糸への恐怖心が薄れていた。以前より格段にスムーズに作業できた。
使用範囲の拡大と技術の向上
クッションカバーの製作
最初の成功から1週間後、今度はクッションカバーの製作に挑戦してみた。お気に入りの布を買ってきて、簡単な袋状のカバーを作ることにした。
直線縫いしかできないハンディミシンでも、工夫次第で立体的なものが作れることが分かった。角の処理や返し縫いなど、少しずつテクニックも覚えていった。
失敗からの学習
最初の頃は失敗も多かった。糸調子が悪くて縫い目がぐちゃぐちゃになったり、布を送る速度が速すぎて縫い目が飛んだり、電池が切れかけて途中で止まったり。
しかし、110円という安さのおかげで「失敗しても気軽にやり直せる」という心理的余裕があった。失敗を恐れずに何度でも挑戦できることが、技術向上につながった。
YouTube動画での勉強
「ハンディミシン 使い方」で検索すると、意外にも多くの解説動画が見つかった。同じような商品を使って、様々な作品を作っている人たちがいることに驚いた。
動画を参考にすることで、より効果的な使い方や、きれいに縫うコツを学ぶことができた。
服のお直しへの本格応用
技術に自信がついてきた頃、思い切って服のお直しに挑戦してみた。パンツの裾上げ、スカートのウエスト詰め、袖丈の調整など、今まで諦めていた作業を次々と実践した。
お直し屋さんに出すと数千円かかる作業が、自分でできるようになった。経済的な効果も大きかった。
手芸への興味拡大
ハンディミシンでの成功体験により、他の手芸にも興味を持つようになった。手縫いでの刺繍、編み物、パッチワークなど、今まで「絶対に無理」と思っていた分野にも挑戦する勇気が生まれた。
1年目 – 生活習慣の変化と周囲の反応
服に対する意識の変化
服を買う時も「もし丈が合わなくても自分で直せる」という前提で選べるようになった。今まで避けていたサイズやデザインの服にも挑戦できるようになった。
古着屋さんでも「これは直せばもっと良くなる」という視点で商品を見るようになった。服に対する投資の考え方が根本的に変わった。
友人・同僚の反応
「え、○○さんが裁縫?信じられない!」
職場でボタンが取れた同僚のブラウスを、休憩時間にハンディミシンで直してあげた時の反応だった。学生時代を知っている友人たちは特に驚いていた。
家族の驚き
実家に帰省した際、母親に手作りのエプロンをプレゼントしたところ、「本当にあなたが作ったの?」と何度も確認された。「昔はボタン一つ付けられなかったのに」と感慨深げに言われた。
自己肯定感の向上
「私にもできることがある」という実感が、他の分野への自信にもつながった。料理、掃除、DIYなど、様々なことにチャレンジする積極性が生まれた。
経済効果の実感
1年間で、お直し代として約30,000円分の節約ができたと計算した。ハンディミシン本体が110円だったことを考えると、驚異的なコストパフォーマンスだった。
時間的余裕の創出
お直し屋さんに持って行く時間、取りに行く時間、待機時間などを考慮すると、時間的な節約効果も大きかった。思い立った時にすぐに作業できる手軽さは想像以上に便利だった。
技術向上と作品の多様化
オリジナル作品への挑戦
既製品のお直しに慣れてきた頃、オリジナルの作品作りにも挑戦し始めた。エコバッグ、ランチョンマット、小物入れなど、実用的なアイテムを中心に製作した。
デザインを考える楽しさ、布選びの楽しさ、完成した時の達成感など、裁縫の奥深い魅力に気づいた。
複雑な作品への挑戦
ハンディミシンの限界を理解した上で、工夫することでより複雑な作品にも挑戦するようになった。簡単なワンピース、子供用のスモック、ペットの洋服など、以前は絶対に無理だと思っていた立体的な作品も作れるようになった。
直線縫いしかできないという制約があるからこそ、創意工夫が生まれ、むしろそれが楽しさになっていた。
布地への理解深化
作品を作り続けるうちに、布の種類や特性についても詳しくなった。綿、麻、ポリエステル、それぞれの縫いやすさや仕上がりの違いを体感できるようになった。
手芸店で布を選ぶ時間が楽しくなり、「この布でこんなものを作ろう」というアイデアが次々と浮かぶようになった。
道具への投資拡大
ハンディミシンに慣れてくると、他の裁縫道具にも興味が湧いた。良いハサミ、定規、チャコペン、まち針など、少しずつ道具を揃えていった。
それでも、メインの縫製はハンディミシンで行うので、初期投資は非常に抑えられた。
2年目 – コミュニティとの繋がり
SNSでの情報発信
作品の写真をInstagramに投稿し始めたところ、同じようにハンディミシンを使っている人たちとつながることができた。「#ハンディミシン」「#100均手芸」などのハッシュタグで情報交換をするようになった。
「こんな使い方もあるんだ」「この布の組み合わせ素敵」など、新しいアイデアやインスピレーションを得られるようになった。
地域の手芸サークル参加
地域の公民館で開催されている手芸サークルに参加してみた。最初は本格的なミシンを使う方々に対して引け目を感じていたが、作品を見せると「こんなに丁寧にできるなんて」と評価してもらえた。
「道具じゃない、気持ちと技術よ」とベテランの方に言われ、大きな励みになった。
友人への指導
裁縫に苦手意識を持つ友人数人に、ハンディミシンを使った基本的な縫い方を教えるようになった。「○○さんができるなら私にもできるかも」と言ってもらえることが多く、教える楽しさも発見した。
プレゼント製作の依頼
手作り品の評判が広まると、友人や同僚から「お金を払うから作って」と依頼されることも出てきた。副業とまではいかないが、材料費をもらって趣味の延長で製作することもあった。
技術の客観視
他の人に教えたり、作品を評価されたりすることで、自分の技術レベルを客観視できるようになった。「まだまだ上達の余地はあるが、確実に成長している」という実感があった。
機材の進化と使い分け
複数台体制の確立
用途に応じて複数のハンディミシンを使い分けるようになった。自宅用、職場用、実家用、旅行用など、合計4台を所有していた。全て100均で購入したので総額440円だった。
他社製品との比較
セリア、ダイソー、キャンドゥなど、異なる100均チェーンのハンディミシンも試してみた。微妙に性能や使い勝手が異なり、用途に応じて最適なものを選択できるようになった。
上位機種への興味と検証
1,000円〜3,000円程度の上位ハンディミシンも購入して比較してみた。確かに安定性や連続使用性能は向上していたが、日常使用においては100均製品で十分だという結論に至った。
本格ミシンとの併用検討
友人の本格的なミシンを借りて使ってみたこともあった。確かにスピードと仕上がりは圧倒的に優れていたが、準備の手間、設置場所、騒音などを考慮すると、手軽さという点ではハンディミシンに軍配が上がった。
電池管理の最適化
長期使用により電池の消耗パターンも把握できた。充電式のエネループを使用することで、ランニングコストをさらに削減し、環境負荷も軽減できた。
失敗談と学んだ教訓
初期の無謀な挑戦
ハンディミシンに慣れた初期の頃、調子に乗って厚手のデニム生地で作品を作ろうとして失敗したことがあった。機械に負荷がかかりすぎて故障寸前まで追い込んでしまった。
ハンディミシンには適した布地と適さない布地があることを痛感した。
糸の品質軽視
「どうせ100均の機械だから」と安い糸を使い続けていたところ、作品の耐久性に問題が生じた。糸切れや色落ちが頻発し、せっかくの作品が台無しになることもあった。
機械は安くても、糸は品質の良いものを使うべきだという教訓を得た。
メンテナンス不足
使用頻度が高くなるにつれて、機械の調子が悪くなることがあった。内部にほこりや糸くずが溜まっていることが原因だった。
定期的な清掃とメンテナンスの重要性を学んだ。
作業環境の軽視
最初の頃は適当な場所で作業していたが、照明の暗い場所や不安定な台での作業では、仕上がりに大きな差が出ることが分かった。
作業環境を整えることの重要性を実感した。
人生観と価値観の変化
「できない」からの脱却
長年「私には裁縫は無理」と決めつけていたが、実際は「やったことがないだけ」「適切な道具に出会っていなかっただけ」だったということに気づいた。
この経験により、他の分野でも「食わず嫌い」をやめて、積極的にチャレンジするようになった。
物を大切にする意識の向上
服やファブリック製品を「直せるもの」として捉えるようになり、物を大切にする意識が格段に向上した。簡単に捨てるのではなく、まず「直せないか」「リメイクできないか」を考えるようになった。
手作りの価値への理解
既製品と手作り品の価値の違いを身をもって理解できるようになった。手間暇かけて作られたものへの感謝と尊敬の気持ちが深まった。
時間の使い方の変化
以前はテレビを見るだけだった時間を、手作業に充てるようになった。手を動かしながら考え事をする時間が、精神的なリフレッシュにもなっていた。
自己効力感の向上
「自分の手で何かを作り上げる」という体験が、全般的な自己効力感の向上につながった。仕事や人間関係においても、「なんとかなる」という前向きな姿勢が強くなった。
経済効果と環境への影響
具体的な節約効果
2年間の使用で、以下のような経済効果があった:
- お直し代の節約:約60,000円
- 既製品購入の代替:約40,000円
- 贈り物の手作り化:約20,000円
合計約120,000円の節約効果に対して、ハンディミシン関連の投資は約5,000円程度だった。
環境負荷軽減
服を捨てる頻度が大幅に減り、リメイクやリペアにより長期使用できるようになった。年間で廃棄する衣類が約70%減少した。
持続可能性への意識
ファストファッションから距離を置き、長く愛用できるアイテムを選ぶようになった。購入する時も「これは直せるか」「長く使えるか」を判断基準に含めるようになった。
2年半時点での現状と展望
技術レベルの到達点
現在では、ハンディミシンでできることとできないことを明確に把握し、制約の中で最大限のクオリティを出せるようになった。同じ道具を使う人の中では、かなり上級者のレベルに達していると自負している。
作品のクオリティ
最近の作品は、「手作りには見えない」「市販品みたい」と評価されることが多くなった。技術の向上だけでなく、デザインセンスや素材選択の能力も向上している。
指導者としての役割
地域の手芸サークルでは、ハンディミシン担当の講師のような役割を果たしている。初心者の方に基本から教えることで、自分自身の理解も深まっている。
今後の展望
将来的には、ハンディミシンの活用法に関する書籍やブログを執筆してみたいと考えている。「裁縫が苦手な人でもできる」というコンセプトで、多くの人に手作りの楽しさを伝えたい。
本格ミシンとの使い分け
最近、ついに本格的なミシンの購入も検討し始めているが、ハンディミシンを手放すつもりはない。両方の良さを活かした使い分けをしていきたい。

